何十年かぶりに『ヰタ・セクスアリス』を読んだ。「嫁を貰え」という母親にこういうシーンがある。
生んで貰った親に対して、こう云うのは、恩義に背くようではあるが、女が僕の容貌を見て、好だと思うということは、一寸想像しにくい。
この発言は本当に申し訳ないと思ってのことなのか、もしかすると冗談なのか、母親に言い訳にならない言い訳をして話をあやふやにしたいという狙いなのか。
母は応える。
「わたしはお前を
片羽 に産んだ覚えはない」と、憤慨に堪えないような口気で仰ゃる。これには僕もひどく恐縮せざることを得ない。
なるほど。この二人の会話は「マジ」なんだ。「俺の顔は悪い」と母親に言うことは、恩義に背く行為なのだ。ひょっとすると母親を愚弄する行為なのだ。
なるほどなあ。そう言われてみれば、確かに小学生の頃、自らの欠点をあげて母親に喧嘩を売ったことがあったような気がしないでもないな。
ところで「片羽」。「片輪」の婉曲表現か何かかと思ったら、ちゃんとそういう言葉があるそうだ。『日本国語大辞典』に「二つ揃っているはずのものの片方。転じて、不完全なさま。みにくいさま」とあった。但し、そういう語釈を載せている辞書はあまり多くはないように思う。