ぼくは『資本論』を、英語とドイツ語と日本語で読んだ。大学時代に属していた研究会が「それくらいは当然でしょ」モードだったからだ。
資本論の詳しい話をするつもりはない。ただ、今日、読み始めた『若者よ、マルクスを読もう』に面白いことが書いてあった。
なるほど、そんなイメージはあり得るな(笑)
— maeda, h (@torisan3500) 2024年4月15日
> 共産主義社会というと、少数のエリート(階級)あるいは共産党が国家をその手に握り、万能の力をもって国民全体を計画的に管理していく社会というイメージがあるかも知れません。
via 『若者よ、マルクスを読もう』https://t.co/komVx7giFM
上の通りだけど、「共産主義社会というと、少数のエリート(階級)あるいは共産党が国家をその手に握り、万能の力をもって国民全体を計画的に管理していく社会というイメージがあるかも知れません」ってな話。
これ、なんか面白いなあ。ぼくがマルクスを勉強した頃は、共産主義はあくまで反体制であって、「人間性を追求」する思想だった(と、ぼくは受け取っていた)。しかし共産主義(ないし社会主義)体制が次々に崩壊して、そして現在に残る中国が「徹底的アンチ民主主義」路線を進む中、上に引いたような「共産主義観」が生まれるのは当然のことだろうなあ。
たぶん今は「てめえ、何言ってんだよ。共産主義ってのはひたすら悪でしょ?」って見方が一般的なのかも。「共産主義」が「悪」じゃなかった時代を知っている自分を、ちょっと愛おしく思ったよ(^^)。